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阪神淡路大震災30年

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2025年1月17日、"兵庫県南部地震(阪神大震災)"から30年を迎えた。
震度7の激震が襲ったのは、1995年(平成7年)1月17日5時46分だった。




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東日本地方で大きな地震と言えば、"平成23年東北地方太平洋沖地震(東日本大震災)"
犠牲者の90%以上が沿岸に押し寄せた大津波によるもので、死者約16000人。
その後も日本各地で大きな地震が発生し、避難生活を送っている方々が。
 
西日本地方では"兵庫県南部地震(阪神淡路大震災)"が平成7年1月17日に発生。
こちらは犠牲者約6500人。その多くは倒壊した家屋の下敷きや火災だ。
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"東遊園地"(兵庫県神戸市中央区)に設置されている"1・17希望の灯り"
あれだけ未曽有の大災害だった"阪神淡路大震災"ですら、風化が進んでいた。
当時は今ほど情報インフラが発達しておらず、小学生の私は何もできなかった。
 
ここに"慰霊と復興のモニュメント"と共に設置され、市民の心を支え続けている。
今年も"阪神淡路大震災1.17のつどい"は、この地で開催されている。
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"神戸ルミナリエ"も慰霊と鎮魂の意を込めて、東遊園地付近で開催される。
観光のイメージが強いが、しっかりと"阪神淡路大震災"を次代に伝える目的がある。
私が撮影したのは2007年。"スパッリエーラ"をコンデジで美しく記録。
 
当時は一眼レフを持っていなかったので、この記録が精いっぱいだった。
それでも撮影の基本をしっかり押さえて、これだけの写真を残す事ができて満足。
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神戸の母なる山"六甲山"から下山する私と神戸の市街地。そして海を撮影。
毎年1回は六甲山の登山を楽しみ、地元の仲間と交流を深めていた。
人生の転機や新型コロナウイルス感染症拡大で、それも難しくなっていった。
 
その人の体力や経験値に合わせて自在に登山道を選べる六甲山系の山々。
私を育ててくれた山でもあり、この山の存在は誇りでもある。
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2011年に神戸メリケンパークから撮影した、"市章山"(標高275m)
特徴的な建物"神戸海洋博物館"の屋根を入れつつ、神戸市章を撮影。
 
隣の錨のライトアップも"錨山"(標高292m)にあり、市章山と共に再度山の前衛。
この低い山々には自動車道も通っており、ドライブデートのメッカにも。
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神戸と言えば"灘の酒"。酒造地は"灘五郷"と呼ばれ、日本の清酒の3割を製造。
灘五郷西郷(灘区)・御影郷魚崎郷(東灘区)・西宮郷今津郷(西宮市)
全国的に有名な酒蔵では"大関""沢の鶴""菊正宗""剣菱""白鶴""松竹梅"
 
写真は神戸を代表する神社のひとつ"生田神社"(神戸市中央区)境内の"奉献酒樽"
地元以外の酒造メーカーもあるが、中には"阪神タイガース"のマーク入りも。
 
カメラ 40代
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"日本三大チャイナタウン"のひとつで、神戸を代表する観光地のひとつ"南京町"
このあづまやは南京町のシンボルでもあり、多くの人が写真撮影をしている。
"横浜・元町中華街"に較べると規模は小さいが、これには理由がある。
 
国際都市・神戸市に住む華僑は横浜の倍多い1万人以上と言われている。
横浜中華街は華僑の居住地だが、南京町は商業地。つまり通勤してきている訳だ。
私個人の感想だが、南京町はイートインではなく食べ歩きメインの街だ。
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2010年に撮影した、"須磨寺"の呼び名で知られる"上野山 福祥寺"(神戸市須磨区)
私も好きな寺院のひとつで"山陽電気鉄道本線須磨寺駅"を降りて徒歩5分程度。
"阪神淡路大震災"で複数の建物が倒壊する被害を受け、その後復興した。
 
"源平ゆかりの地"であり、平敦盛・武蔵坊弁慶・源義経に関連する重宝や史跡がある。
写真は"源平の庭""一ノ谷の戦い"の一騎討ちの場面を再現した枯山水庭園。
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2015年に撮影した、私の好きなスポット"モトコー"こと"元町高架通商店街"
JR東海道本線元町駅~三ノ宮駅の高架下にある戦後の闇市"三宮自由市場"が発祥だ。
阪神大震災でアーケードなどが被害を受けたが、場所柄被害が軽微だった。
 
JR西日本が高架橋耐震工事を実施。商店街の存続が危ぶまれた。
しかしながら、3街区・7街区が再整備後に一部テナントから営業が開始された。
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ディープな風景が広がっていた高架下の商店街。シャッター店舗も多め。
こんな風景が良いのか悪いのか分からないが、個性的な店も多くてお気に入り。
再整備後の"モトコー"は、非常にオシャレに造り替えられていてゲンナリ。
 
"アンダーグラウンド"な空気がマニアの中では非常に好評を博していた。
この商店街の発展を考えると雰囲気を残すべきか、新たな空気を吹き込むべきか。
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非常に有名な店舗もあった。"コンバースの聖地"と呼ばれていた"柿本商店"
残念ながら"神戸元町商店街"(外部リンク)に移転されたという話を聞いている。
こちらもスニーカーマニアの中では有名なお店だ。見た目もインパクト大。
 
こういう個性的な店が多く、アングラな雰囲気。そして目的も無く歩くには楽しい。
そんな"元町高架通商店街"は、耐震工事が終わった街区からオシャレな商店街に。
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最後は"明石海峡大橋"を眺めるインスタ映えな"スターバックス神戸西舞子店"
"山陽電気鉄道本線西舞子駅"から、駅前の道路を明石方面に300mほど。
冬でも外のデッキでフラペチーノを飲みたくなってしまう(?)不思議な店。
 
私の好きな街・神戸。出来れば一生住み続けたいと思っていたぐらいだ。
激震が襲ったのは30年前。これからの神戸がさらに発展する事を願ってやまない。
皆さんも今日という日、少しでも神戸を思って黙祷していただけたら嬉しい。
 
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by alpha2024 | 2025-01-17 00:00 | 風景写真 -関東外-

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